2014年05月11日

映画評:それでも、夜は明ける   スティーブ・マックイーン監督作品



事実に基づいた本年度アカデミー賞受賞作品。重く苦しいが、ラストは救われる。これがまれに幸運な人だったかと思えば、それ恐ろしい、米国における、150年ほど前の真実である。

安全でリスクの少ないインプラント治療を追求する、千葉は幕張新都心のインプラント専門医、古賀テクノガーデン歯科の古賀です。本日のブログは、書評を。

事実は重い。なのに、フィクションよりも残酷で悲劇的な結末が多い。1853年に出版されたソロモン・ノーサップ(1807年〜没年不詳)の回顧録「奴隷としての12年間:12 Years a Slave」の映画化である。

かつての米国。18世紀末には奴隷の売買が禁じられ、ニューヨーク州で自由黒人として生まれ、比較的恵まれた環境に育ったヴァイオリニストのソロモン。

彼は、腕のいい料理人の妻と息子に娘がいた。家庭も生活も満足できるものである。

そんなある日、祭祀が留守中に、ソロモンは知人を介して知り合った二人の興行師にワシントンでのショーで演奏を依頼される。

ワシントンでのショーは成功し、その興行師たちと祝杯を重ねるうちに酔いつぶれ、目が覚めると身ぐるみ剥がされ、地下室に鎖につながれていた。

自由証明書を奪われ、名前さえ証明できないソロモンは、南部のジョージア州から逃げてきた奴隷ということにされ、逆らうと監視役の男たちに容赦なく鞭打たれるのであった。

ずいぶん事態を飲み込むのに時間がかかったが、要するに、あの興行師たちに騙されていたのである。当時、奴隷の売買が禁止されたものの、南部では、綿花栽培が盛んで労働力の必要性は急務で、需要供給のアンバランスから誘拐まがいのことが横行したらしい。

本編の原作は、すでに述べたように、現実に誘拐に遭ったソロモンの体験記を使用している。実際、逃げ出そうにも、本編を観れば、とてもそういう環境でないことがわかる。

そこには、人権どころか、命さえ、簡単になくしかねない、家畜のような境遇と身分が待っていたのである。

その事実が素晴らしい監督の技量で、淡々と描かれるのが、また、より辛い。たとえば、ゆっくりとしかし確実に首吊りになるような残酷な姿勢でソロモンがリンチされているあいだ、あたかも、それが他人にとっては日常であるように、瀕死のソロモンの横で楽しく遊ぶ子供たちがいる。

美しい緑の景色のなかで、その対比がどこまでも残酷である。そして、ソロモンが失わなかったものとは、そして、なぜ、12年間もそれに耐えていけたのか。。。それがしっかりとえがかれる。

それにしても、残酷だ。しかし、このソロモンは、おそらく、同様な境遇の中では、例外的で奇跡的にラッキーな人であったに違いない。

それを考えるとき、人間の歴史の残酷さに身がすくむ。最初に売られていった先の牧師の牧場主は、一般的には善良であり、多くの人に道を説くような人物である。

その主人フォードでさえ、ソロモンを虐待する執拗なティビッツから彼を守る意味もあったとはいえ、借金返済を目的に広大な綿花畑を所有する悪質な男にソロモンを売り飛ばしてしまう。

善意な人だと信じていた白人さえも、しょせん、奴隷は所有財産の一部に過ぎないことが判明してしまう。いっけん、善人な人の心の奥底に潜む差別意識、この顕在化は当時の厳しい現実でる。

この監督、こうしたさり気なさの中に潜む、人間の差別意識の残酷さをうまく描いている。

本作は、けっして快適な映画ではない。しかし、その重さが美しくもきっちりと作りこまれており、アカデミー賞を受賞したことも納得出来る作品である。


taketo_koga at 20:00コメント(0)トラックバック(0) 
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